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正常と異常。

23年間生きてきて、大人が、社会が、色々なものを僕にプログラムしてきた。


感情
言葉
礼儀
知識
社会の中で、生きていくために必要とされるもの。



そのプログラムに沿って、生きている。









コモンセンス。

こいつが、支配する
行動を。
思考を。
存在を。



それを生み出すのが社会であって、社会を守るようにプログラムされているのだ。






社会は、自分のことがかわいいらしい







現在、仙台の某国立大学に通っている。
独立行政法人っつったって、まだまだ国のもの。
まさに、社会を、世の中を「守る」ための歩兵養成機関。

就職してしまえば、僕は企業の一部となり、企業も、社会の一部。
大きな社会の一部分となる。



取り込んだときに、拒絶反応が起こらないように
社会の栄養となるように
丸々と太らされている最中なのだ。



だから、当然企業も「守る」人材を求める。
一昔前なら、言われたことがこなせればそれでよかった。
しかし、今は自発的な行動、問題解決能力、コミュニケーション能力などが求められる。
一生懸命仕事して、こつこつと課題に取り組み問題を解決し、新たな課題を発見し、また進歩し…







つまり、社会は、

痛いところを発見したら治す
という行為を単に
自然治癒にしよう としているだけなのだ。



より便利に。
より単純に。



人間が作り上げた社会なのだから、社会がそれを求めるのは当たり前だ。



人間がそれを求めているんだもの。






学歴なんて関係ない

という風潮が日増しに強くなっているような気がするけど、はっきりいって学歴偏重は根強く残っている。

学歴のある人間は、その時点で既に、「守る」ために役立つ要素をいくつか持っているとみなされるからだ。
東大に入ったということは、それ相応の集中力や根気、瞬発力などをもっていることは事実だ。
パーソナリティーがどんなものであったとしても。


だから、それを踏まえた上で自然治癒に必要な能力があるかどうかのふるいを新たにかけるようになっただけ。



そろそろ就活の時期だ。

誰がそんなこと決めた?

社会が。

ネットが普及して、就活するといったら就活サイトに登録するところから始まる。

一見、誰にでも色んな企業の情報が簡単に閲覧できるようになり、誰にとってもすごく便利なものに思える。



自分の学歴を入力し
自己分析を行い
必死に自己アピール



非常に優れた、フィルター。
勝手に学生たちが用意されたフィルターにかかってくれる。
はい。君はこっち。君はあっち。

どこに埋め込めばいいのか、判断されてるのだ。社会に。




そうすることが正しいと、プログラムされてるからね。僕たち。

























だから。

それに抗おうとしている人を見ると、すごく憧れる。

社会へのアンチテーゼ。

束縛を解き放って得た真の自由。



かっこいい。
かっこいいよ。
そういう生き方もあるんだって知った。
けど
それは今までプログラムされてきた事を否定する。
windows2000をwindowsXPにアップグレードするのは今後の使用にそこまで支障は出ないけど、macに変えたら今まで入れてたソフトは何も使えなくなっちゃうんだよ。

いくらなんでも、怖いよ。









起業に対する漠然とした憧れは、このことに起因する部分が大きかったんだと思われる。
それがこないだ顕在化した。


こんな変な人になってみたい
という、ないものねだり。


「変な人」という概念自体がコモンセンスに束縛されている証拠だ。







このままレールに乗って大学院を卒業して就職して、変な人になれるかといえば答えはNOだ。

変な人にはなりたいけれど、社会をぶち壊そうなんて自分は思わない。

枠の中で変な人を演じるだけだ。

そうすることを社会はきっと喜ぶだろう。

呪縛から、逃れられない。













しかし、社会の中で生きることが悪いことではない。

そうすることがよいとプログラムされているのだからそう思うのは当たり前だ。




社会というのはある種のルールであり、誰かが生み出したもの。
そういうのって、最初にやったもん勝ちなところがある。
それをひっくり返してぶっ潰すのが革命だ。

だから、ルールを作る役割を果たすことができるなら、すごく面白いだろう。


いや、役人になんかならないよ。
別にルールを作るのは役人だけじゃない。
「社会の縮図」なんて言葉があるように、世の中の一般的な事象の大半は本質的な部分に置いて相似形だ。


絶対、面白いよ。

だって、面白いと感じるようにプログラムされてるんだもの。

これも社会の自浄作用の一つなのさ。






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穿った見方でごめんなさい。


追伸に、森博嗣の文を引用します。





「異常な人と、正常な人はどこが違うのでしょうか?」

「自然界に観察される元来の発散性、つまりばらつきの存在は認める?」

「認めます」

「それを人間は分類しようとする。なぜか?
その動機は、単純化、記号化、つまりデジタル化みたいなもの、
人間の思考に作用する重力方向なわけで、水が低いほうへ流れるのと同じってことにひとまず不問にしておこうか。
そうね、たぶん、コモンセンスを求める、一種の防衛本能だったんだと思うけど…。
できるだけ多くの固体に同じ印象を持たせるために、
共有可能な認識を見つけ出して、それを手早く記号化し、単純化する。
それが、すなわち、アナライズでしょう?
そうなると、人間の分析欲は、人間自身にも当然向かうわけだ。
すると、最初は、体とか頭とか、形のあるフィジカルなものが分類の対象だったけど、
そのうちに、自分たちの行動を分類し始める。
そして次は、感情にも、同じような種別のものが、同じように観察される種別のものが、仕切られて名づけられるようになる。
あれは、笑っている、楽しい。
怒っている、憎らしい。
泣いている、悲しい。
でもね…、そもそも、そんな分類がなされる以前から、
みんな笑っていたし、泣いていたんだ。
これをついつい忘れちゃうんだよ。
鳥類も哺乳類も、
植物も動物も、生物学で区別される以前から、
何の不自由もなく存在していた。
それと同じ。」

「そんなわけで、感情も思考も分類され、大多数に共通する平均的イメージに名称がつけられ、大多数にはない、分類から漏れたものに対しては、ひとまとめに、例外、というレッテルが貼られる」

「それが異常ですか?」

「違う。そうじゃないよ。
例外はただの例外だ。
ここで問題なのは、思考も感情も、人間の意識下にあって、
コントロールされているという特異性なの」

「何に対して、特異なのですか?」

「鳥類と哺乳類の分類から漏れたカモノハシとか、
植物と動物の境目にいるミドリムシとか、
彼らは、人間の考え出した分類を知らないわけ。
だから、全然影響がない。
カモノハシが、自分の位置するところが中途半端で気持ちが悪いから、
もうちょっと鳥っぽくなろうなんて思わないでしょう?
でもね、人間は、自分たちが作った分類システムを知っているわけ。
そもそも、そのシステムこそが文化とか社会のバックグラウンドなんだから、
笑う、怒る、泣くとかいうパターンは、子供が成長する過程で教え込まれるし、
本来の複雑さは、成長と共に、必然的にコントロールされて単純化へ向かう。
赤ちゃんの時には、笑うと泣くの中間とか、笑うと怒るの中間の感情があったのに、
いつの間にか、別々のものに離散化されて個別化される。
わかる?大人になるほど、どんどん単純化されるんだよ」

「集団社会を合理的に存続させるために生まれたルールも、
個人の感情に干渉するし、あるときは積極的に介入するわね。
殺し合いや自殺を喜ぶ社会はないでしょう?
社会が一つの生命体だと考えれば、個人の生命が失われることは、
体の一部に傷をつける行為と同じなんだから、
全体の生命力、戦闘力を低下させる。
だから、それを防ぐルールとネットワークが築かれるし、
それを悲しむ感情が作られ、単純化して強化される。
誰にでも分かるようにより単純な概念に投影されるのよ。
で、そうなると、そういった反社会的な行為に対して、
喜んだり、考えたり、口にしたりすることさえも規制する単純化が熱狂的に支持されたりして、
エスカレートする。
もうこうなると、個人のレベルで抑制するか、
社会的に抑制するかの違いはあるとしても、
正常と異常の区別が、あいまいな形だけど現れているでしょう?」


数奇にして模型/森博嗣 P327-329













かなり長く引用しちゃったけど、よかったかな…
でもこれを的確に要約する自信がない(笑)
本当はもっと先まで引用したかったんだけど。
すげぇよ。なんでこんなこと言葉にできるんだ。
まぁそれも、ふわふわした感情を記号化して単純化してるってことに他ならないのだろうけど。




このままいけば、僕もどんどん単純化されていく。
望もうが望むまいがそうなっていくようにプログラムされている。
それに従うべきか、抗うべきか。

今のところ、真っ向から対峙する勇気はない…。
さて、どうしたものか。




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なんとか、言いたい事をわかってくれるといいのだけど…

| | 22:45 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

ないものねだりは、とりあえずの将来が決まった今でも頻繁に起こります。「こんなふうになっちゃえたらいいのに」って想いとは常に格闘しながら生きていくみたい。いや、でもいつか抗いたいなぁ。今はそのためにこの社会を知っておくのもいいんじゃないですかね。

| ねこ | 2006/10/27 00:04 | URL | ≫ EDIT

さすがに色々考えてるねー。
まあそうそう社会に抗える人はいませんよ。
戦って生きてる人は遠くから見てればカッコいいですけど大抵現場の人には嫌われるし。

何を勝ちとするか。何に価値を持つかですよ。

僕は普通でいいです。普通がいいです。普通です。

お前が偉くなったら下で働かしてねん。

| くり | 2006/10/27 02:23 | URL | ≫ EDIT

>ねこ氏
僕もそんな風に考えてたんです。
けどなんだか本当に変態な人にはそんな考えではどういっても勝てないんじゃないかと思ってしまって。
ただ、意識するかしないかだけでも全然違うと思うので、その意識を持った状態で社会を見つめていたいと思うのです。


>くり氏
社会に適応できないほどの変態は1人でやってくには障害が多すぎます(笑)
だからそういう変態を支える普通な人っていうポジションも大切だなぁと。
それはできそうな気がする。

>何を勝ちとするか
それこそ、世間体というフィルタを通すかどうかの判断が出来るか、そこが普通の人と変な人の境目かと。

どんだけ僕は偉くならないといけないんですか(笑)
まぁがんばるさ♪

| ひろし@管理人 | 2006/10/28 00:39 | URL | ≫ EDIT















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