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リアリティ。

東野圭吾の「手紙」を読んだ。あ、ごめんなさい、ちょっとネタバレします。

amazonより

内容(「BOOK」データベースより)
強盗殺人の罪で服役中の兄、剛志。弟・直貴のもとには、獄中から月に一度、手紙が届く…。しかし、進学、恋愛、就職と、直貴が幸せをつかもうとするたびに、「強盗殺人犯の弟」という運命が立ちはだかる苛酷な現実。人の絆とは何か。いつか罪は償えるのだろうか。犯罪加害者の家族を真正面から描き切り、感動を呼んだ不朽の名作。





















正々堂々と生きることが逃げになる。

社長の言葉に、へぇ?って思った。



服役する兄の存在を許容し尚且つ付随する様々な問題にも逃げずに立ち向かう。

外部因子による災難であるが故の理不尽さに歯を食いしばりつつも、逆境に立ち向かう。

正しい。どう考えても正しいし美しい。外から見ていれば。

しかし物語はそうならない。

毎月手紙を送ってきてくれる兄と絶縁する。

兄にとって、弟が唯一つの自慢であり、宝であり、支えであった。

身寄りは他になく、出所したときに頼れるのは弟だけだ。

刑務所から手紙を送ることが唯一の外界との接触機会であり、手紙の返信が刑務所内での唯一の楽しみだった。

その兄を見捨て、

主人公は受刑者の兄の存在を隠して生きていくことを選んだ。

自分の人生のために。

何の罪もない妻と子のために。






正義や正直を盾に正々堂々と生きる。

その時悪いのは差別をする周りの人間だ。

だって自分には何の罪もないのだから。

そうやって努力していれば、いずれ道は拓ける。



この考え方が、自己満足であることを主人公は悟る。

差別は絶対なくならないし、レッテルは一生剥がれない。

卑屈だ。卑屈だけれども、彼の最も大切な妻と子を守るための苦渋の決断。













一元的に考えると、そんなの正しくない!卑怯!お兄さんが出所したときどうするんだよ!と思う。外から見ていれば。

一方で、物語の流れがそうだからかもしれないが、amazonのレビューを見ていても、兄と絶縁したことに理解を示す人もけっこういた。これも一元的に見れば、そういう考えもあるのかなと思う。外から見ていれば。

しかし、読んだ際に受けた衝撃は、「い゛え゛ぇぇぇぇ」って感じの腹の底に渦巻く不快な感情だった。社長はそれを「若いから」と言った。

主人公の決断は誰にも理解できないし、彼が本当にしたいということを選んだのだ。

何をすべきかではなく、何をしたいのか。

去年のアキモトさんの講演でも聞いたな、canとかmustで選ぶな、wantの感情を大切にしろ、と。






























何かを選択するってのは、何かを捨てることだ。






































差別はいけない。









そんなことわかってる。










しかし差別はなくならない。










そんなこともわかってる。









いけないとか言ってるヤツに限って差別してる。

外から見てるだけだから。

そこにリアリティがないから。
































人類愛を語ることは簡単だ。

しかし隣人を愛することは難しい。

byドストエフスキー




まさにこれだ。





そこに自分はいるのか?












































フジロックのボランティア中、班でワークショップを行った。

テーマは

この世から無くしたいもの












僕はリーダーだったので、きちんと回す役目を担うわけだけど、正直テーマを聞いてげんなりした。



いくらライブがタダで見れるからと言っても、好き好んでボランティアに参加するような人たちである。みんなバイタリティに溢れている。

だから世の中のいろんな問題にこころを痛めるし、環境問題は特に、である。

そういうある種フィルターのかけられた人たちの集まりでそんなディベートをすれば、至極真っ当な答えが出るのは明らかで。

差別、貧困、戦争、暴力、無関心、無視、いじめ、無気力・・・果ては仮面夫婦だの派遣社員だの。

そんな答えがみんなの口からでるのは容易に想像できた。

だって、正しいし。僕もそんなのなくなるべきだと思う。













そう。なくなる“べき”だ。














しかしそれを本当になくしたいと思っているのか?

そこにリアリティはあるのか?

そこに自分はいるのか?











差別してるやつがヌケヌケと差別をなくすべきだなんて優等生発言してるのに虫唾が走る。

正に机上の空論。

ワークショップがそうなってしまうのが嫌で嫌で、でもイマイチ解決策も見当たらず、やってみると予想通り無関心がよくないとか受身な姿勢がよくないとか出てきた。最終的に、資本主義がよくない、と。

正しい。正しいよ。でも(;´Д`)いやあぁぁぁぁ

ってなって、結局正直に打ち明けた。

そうやってリアリティのない正論をこねくり回すのがむかつく、と。

人類愛を語ることは簡単だ。しかし隣人を愛することは難しい、だよ。実際自分できてんの?そういうのが一番問題だと思う、と。

ここでも若気の至りと言われたが(笑)、そっから大激論。

結局僕の言い分はみんな理解してくれたし、なくなったらいいとかそういう遠い視点じゃなくてまずはリアリティを持つ、自覚するところから始めよう、という結論に至った。

途中からかなりヒートアップしたし、始める前の嫌な気分とは打って変わってかなり充実したワークショップとなった。














そう、何かを“すべき”にはリアリティがないんだ。

就活中にもずっと言われ続けた。

何ができるとか何をしといた方がいいとかそんなんどうでもいいんだ。

お前は何をしたいんだ。何をした時喜びを感じるんだ。お前の軸となるものは何なんだ、と。
























サークルの後輩にエラソーに語る。

どうしてその企画をやるのか。

その企画を通して何をやりたいのか。何を得たいのか。

それがないのにやったって、面白くない。

やりたくもないのに、やるべきだと感じてやったって、意味ないし、辛いだけ。

やりたいという感情がモチベーションになるからこそ、主体的に動くし自分で工夫するようになる。それが問題解決能力だ。

やるべきという感情がモチベーションになれば、こなすだけの作業になる。そんなの求めてない。

“自分が”やりたいというリアリティ。

そこに自分はいるのか?



























その自分がやりたいという感情。

突き詰めると、それは自分が楽しいから、喜びを得るから、に尽きる。

「人のためになる仕事がしたい」

それは人に感謝されると嬉しいからでしょ。

人が喜んでくれると自分が嬉しいからでしょ。

結局、自分、なんだよね。

自己中で結構。自分本位で結構。自己満足で結構。

自分の感情を司っているのは自分以外にいないし自分以外の感情を司ることも出来ないから結局自分以外は外から見ることしかできない。

厳密なリアリティは自分以外に感じることは出来ないのだ。




他人にいいことをすべき。そういう道徳的感情はよく理解できるし、他人にいいことをすると後で自分に返ってくるのも実感できる。

それを否定する気は更々ないし、情けは人の為ならずは僕の思想に大きく影響を与えている。

でもそんな無償の愛なんて僕はふりまけない。

人のために何かしたら楽しいから。

いいじゃん、その自己満足だけで。



僕は、他人を軸にして喜びを感じることが多い。

だから、人の様子をものすごく伺う。いっろんなことに常にビクビクしてる。共感する、分かち合うってことにすごく喜びを感じる。

それが行動のモチベーションになっている。



だから、自分のために一人で何かをコツコツやるというのが苦手だ。

自己中とか散々書いたくせに矛盾してるけど、誰か喜んでくれる人がいないといけないというひねくれた構造なのだ。僕は。



研究は、イマイチ喜んでくれる人の顔が見えない。

うまくいけば世の中にとってプラスになることは間違いないんだけど、リアリティが全くない。

強いて言えば教授か。

でもそれは今述べた喜びの筋の本質には乗っていない。

確かにいい結果が出たときは嬉しい。

そういう時は研究も楽しいと思う。

でもそれは一時で、常にそうではないし、その楽しさだけをモチベーションにしても長続きしてない。

アップダウンが激しい。

アップダウンが激しいことはもう教授には見抜かれてるし、それではまずいってこともわかってる。

主体的にとか言ってる自分が主体的じゃない。

言ってることにリアリティが全然ないではないか。

例えそれがやるべきことであったとしても、そこに自ら楽しみを見出せるようになる。

それは身に付けたいスキルだ。

がんばる。















趣味として始めてみたものがどれも長続きしないのは、きっとそれが自分のためだけのものだからだろう。

本を読むのが好きなのは、登場人物の感情に自分の感情を寄せられるから。

ブログを書くのが続いてるのは、誰かが読んでくれるから。

簿記の勉強もあっという間に飽きたし。でもたぶん、誰かに替え玉受験してくれって言われたらめちゃくちゃ勉強するだろうな(笑)





本読んでそんなこと考えた。

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| 読書メモ | 23:05 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

私は、自分のために、人に何かしたいタイプです。
一石二鳥ではないか!と思って納得してます。

白神山地は、大雨すぎて危うく川に流されそうでした。

| ねこ | 2007/08/12 01:19 | URL | ≫ EDIT

>ねこさん
おかえりなさい。流されずに無事に帰ってきてなによりです。

win-winの関係になるのなら偽善だろうがなんだろうがいいじゃないか、と思います。まさに一石二鳥。

| ひろし@管理人 | 2007/08/12 10:52 | URL | ≫ EDIT

久しぶりにコメント。そしてこーいうコトを言ってもたぶん
意味ないかもしれないけど、オレはかなりの部分が共感できる。
特にリアリティの話で人類愛とかを素直に共感、というか頭では
正しいとわかりつつもひねくれてる(?)からか、イラっとする気持ちはオレもある。
そしてこーいう日記を読んでオレはモチベーションが上がります。さんきゅ(笑)

| a flying sheep | 2007/08/12 22:20 | URL | ≫ EDIT

>a flying sheepさん
意味無くなんかないよ。
コメントをすることに義務はない。にもかかわらずしてくれるってのはある種の自主性を発揮してくれたってことで、その影響を与えられたことは非常に嬉しい。

回りくどいな。コメントくれるのは素直に嬉しいよ(笑)
共感してくれたというのは特に。

書いたときは満足したんだけど読み返したらけっこうわかりづらい文章になってる(汗)それでもなんかの役に立ってくれてるんなら幸いです。

| ひろし@管理人 | 2007/08/13 00:05 | URL | ≫ EDIT

初コメントです!

その場にいたときのこと、あのディべードの流れを思い出したよ~。
私は最終的なあの流れすごく好きだったな。


身近なところの意識改革、わたしができたもん。
あの場所がもぅ遠い夏の一日になってる、、、。

| はな | 2007/08/15 21:37 | URL | ≫ EDIT

>はなさん
コメントさんきゅー☆
あれはね、みんなが一人一人自分の言いたいこと真面目に言ってくれたからホント助かった。ありがとう。
ガチンコで言いたい放題なディベートは楽しいよね(´▽`*)
それが役立ってるのならなお素晴らしい!

今年の夏はフジロックで終わりか、と思ってたんだけど、意外と遊んでる(笑)もう随分前のことのようだね・・・。

| ひろし@管理人 | 2007/08/15 23:31 | URL | ≫ EDIT















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